2010年5月15日土曜日

私だけが知っていること

もうひとつ発見、一番最近、

私はいつロスGに電話をしているか

と、ネットで調べてみたら

ハワイ時間で

4月25日の午前5時

ロス時間では午前8時

2回電話しているが出なかった

息子さんの話によると

最初に倒れたのが4月17日(日本ではビンさんの命日)

そのまま台所で1週間。。。

這って、ペプシを手にとって飲んだらしい

私の電話のベルが響いた時この状態で6日目

もっと衰弱しているだろうに

もしかしたら

私の電話のパワーで起き上がることができたんじゃないかな

自力で

救急車を呼んだのがその日だったそう

息子さんは27日に病院へ行って少し話しをできたそう

でも息子だとわからなくなっていて

2階の部屋(ロスGの家は平屋)に2人、不審者がいるから追い払うように

という話だとかいろんな幻覚っぽい話をしていたそう


それにしても

戦場で匍匐前進のスタイルで1週間、戦ってきた兵士のようだ


5月4日に一度、良くなったと病院を退院したらしい

その後、どうしてどうなってか機械に繋がれた植物人間状態になり、このままずっと機械で呼吸をさせておきますか?と尋ねられた息子さんはそのサポートシステムを止めてもらうように話しをしたらしい


では、いつに?と聞かれて

すぐには答えられなかったそうで、少し、待ってください

そんな次の日、心臓が停止したとの知らせを受けたそうだ


息子に、自分の死ぬ日を決めされるなんていう過酷なことを

したくなかったのだろう

一日延びればそれだけ金がかかる

そう言っているロスGの声が聞こえてくる


私の母も、倒れて2日で逝ってしまった

管に繋がれて生きていたくないわーといつも言っていた母だった

逝く時は、あっと言う間に、はいバイバーイ!がいいわ。

明るい母は、その自分の死に方に満足していることだろう



ロスGは、、、、死に間際、、、


たったひとつ夢が叶うなら、、、、

どんなことをいうだろう。。。

わたしだけが痛いほど知っている




このことを聞いても、

こみ上げた感情で覚えていない。




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