もうひとつ発見、一番最近、
私はいつロスGに電話をしているか
と、ネットで調べてみたら
ハワイ時間で
4月25日の午前5時
ロス時間では午前8時
2回電話しているが出なかった
息子さんの話によると
最初に倒れたのが4月17日(日本ではビンさんの命日)
そのまま台所で1週間。。。
這って、ペプシを手にとって飲んだらしい
私の電話のベルが響いた時この状態で6日目
もっと衰弱しているだろうに
もしかしたら
私の電話のパワーで起き上がることができたんじゃないかな
自力で
救急車を呼んだのがその日だったそう
息子さんは27日に病院へ行って少し話しをできたそう
でも息子だとわからなくなっていて
2階の部屋(ロスGの家は平屋)に2人、不審者がいるから追い払うように
という話だとかいろんな幻覚っぽい話をしていたそう
それにしても
戦場で匍匐前進のスタイルで1週間、戦ってきた兵士のようだ
5月4日に一度、良くなったと病院を退院したらしい
その後、どうしてどうなってか機械に繋がれた植物人間状態になり、このままずっと機械で呼吸をさせておきますか?と尋ねられた息子さんはそのサポートシステムを止めてもらうように話しをしたらしい
では、いつに?と聞かれて
すぐには答えられなかったそうで、少し、待ってください
そんな次の日、心臓が停止したとの知らせを受けたそうだ
息子に、自分の死ぬ日を決めされるなんていう過酷なことを
したくなかったのだろう
一日延びればそれだけ金がかかる
そう言っているロスGの声が聞こえてくる
私の母も、倒れて2日で逝ってしまった
管に繋がれて生きていたくないわーといつも言っていた母だった
逝く時は、あっと言う間に、はいバイバーイ!がいいわ。
明るい母は、その自分の死に方に満足していることだろう
ロスGは、、、、死に間際、、、
たったひとつ夢が叶うなら、、、、
どんなことをいうだろう。。。
わたしだけが痛いほど知っている
このことを聞いても、
こみ上げた感情で覚えていない。

0 件のコメント:
コメントを投稿